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会長短信

新規外来感染症〜サイエンスに弱い社会

ここ6週間余り新コロナウイルス感染症(COVID-19)の話題で大騒ぎである。平成塾の薬剤師業務支援講座では昨年10月と本年1月に関連した話題を取り上げ、感染症の専門家にご講演を頂いた。講演会開催当時は騒がれておらず、世間の関心も低く参加者も低調であった。しかしながら、両講演で述べられたことは現在の大騒ぎを予見した内容であり、医療の専門家としてその対応について身につけておくべき知識が提示されていた。すなわち、薬剤師として一般の人々とどのような知識を共有し、対処方法を伝えるべきかを知り、準備をし、また心構えをしておくべきかということであった。

講演の中でも述べられていたが、医療従事者はマスメディアの大騒ぎに巻き込まれないように科学的根拠に基づいて行動をとるべきである。予想以上の大騒ぎで、多くの一般の人々は惑わされ、薬局やドラグストアの店頭に列をなすことになっている。センセーショナルに騒ぎ立てるのも困るが、正確な知識を流していないのはもっと困ったことである。今回のウイルス感染症の感染経路は当初「飛沫感染」と騒がれ、後に「濃厚接触」も加わった。まさに「鳥インフルエンザ」と同様である。濃厚接触―heavy contactには飛沫も含まれるが、もっと深刻なのは接触感染である。患者そのものや患者が触れたものに第3者が触り、何らかの経路を経て、ウイルスが口腔粘膜や鼻腔粘膜あるいは眼の粘膜に到達し、そこで増えれば感染成立となる。

新コロナウイルス (SARS-CoV-2)の感染成立に必要なウイルス粒子(virion)数も不明である。インフルエンザウイルスは最低でも数百粒子、ノロウイルスの場合は5〜10粒子で感染が成立すると言われている。飛沫感染ということで少なくとも百の単位が必要なことは想像に難くないが、実証が必要である。

防ぐためにはどうするか。少なくともマスクに期待してはいけない。むしろ素手を介した感染が最も頻度が高いのではないだろうか。観光バスの手すりなどの金属部分やプラスチック製クリップボードなど最も疑わしいと思う。某船舶の検疫官は乗船の折はしっかりと防御していたと思うが、いざアンケート用紙を整理しようとして思わず素手で回収されたボードや用紙を触ったのではないだろうか。私の経験では眼に見えないものを対象としている無菌操作や放射性物質の取り扱いを教えても短時間でマスターすることは結構難しい。ましてやにわか知識においてではある。素手を介しての感染を防ぐために手指のアルコール消毒が推奨されているが、効果は病院などの建物内では有効であり、限定的である。個人的には公の交通機関などを利用する際は手袋―布製の手袋の着用が良いのではないかと考え、実行している。

行政の対応はどうであろうか。少なくとも、外来感染症に備えていたとは到底思えない。既に、2003年のSARS騒ぎや2009年のインフルエンザウイルスでのパンデミックを通して行政の対応は求められていたはずである。科学的根拠に基づいた対応が必須であったはずである。科学的根拠を理解できない担当官が多くいたと推測される報道が多くあった。報道がどれくらいこちらの欲しい情報を流しているかは大いに疑問であるが、その報道関係者も含めて理解していないと思われることが眼についた。例えば、感染と発症の定義やウイルスと細菌の違いを理解せずに、字面のみを追って報道していた場面が眼についた。素人に短時間での理解を求めることは難しいことであるので、普段から理解できる素地を養っておくことが大切である。欧米の担当官や報道関係者は結構正確な情報を掴み、発信している。この違いはどこから来るのであろうか。社会全体が科学(サイエンス)に対する具体的な理解を示しているかいないかがその根底にあると感じている。図らずも今回の騒ぎは科学に強い社会であるのか、弱い社会であるのかを露呈しているのではないだろうか。このあたりにも科学的根拠の理解できる薬剤師の役割が見えてくる。

当初、我が国での重症化率がはっきりとし、重症患者に対して症状軽減が可能な治療薬や処方が定まれば、この騒ぎは1〜2ヶ月程度で収束へ向かうと考えている。しかし、再発症の症例の報告があり、ウイルスの生態が不明の現在、収束への道のりはもう少し向こうかもしれない。

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