幻の玉手箱?
12月16日(水曜日)世田谷線上町駅の近くにあるという三菱東京UFJ銀行を目指して8時に家を出た。何せ10時30分に銀行で事務局長と待ち合わせをしているので、待たせてはいけないということで、早めに出ることにした。とはいっても、30分程度の余裕をもってというところである。
何せ昭和47年12月27日に『昭薬同窓会会館建設委員会代表○○』の名義で借りた貸金庫が、そのまま残っているという連絡を頂戴して、そのままにしておく訳にもいかず解約の手続きを取るために出かけるということである。
驚いたことには、今から37年前の1972年のことであるから銀行名も“三和銀行”だったようである。借り賃は請求しないということだったので、幾らか安心したが、もし37年分の借り賃を請求されれたら偉い出費になるところである。しかし、どういう訳か借り賃は免除ということで大助かり。
借用した時の同窓会の公印は残されていたが、『鍵』を紛失してしまっている。先ず借りた当人が覚えていないのであるから、何処に鍵があるなどと騒いでみても仕方がない。金5,250円の損金をお支払いして処理させて頂いた。
さて色々書類を書かされて、挙げ句の果てに『お書き頂いた書類は違っていたのでもう一度』ということになり、全く同じ書類を二度も書かされたが、何のことはない、欄外に説明用と書かれた書類に書かされたということのようである。
ところで銀行に保存されていた鍵で、貸金庫を開けたが、煙も出ないただの空箱で、何のために放置していたのか。空箱にした時点で解約しておいて頂ければ、何の問題も無かったと思われるが、何で解約しなかったのか。解らない話である。
古い話でもう忘れてしまったかもしれないが、桜新町で育った諸氏には懐かしい“ボロ市”(15・16日)の当日にぶち当たっていた。懐かしいので覗いてきたが、昔の方が古道具が多かったような気がするが、どうなんだろうか。