「転ばぬ先の杖」

2018/01/11会長短信

みなさん、明けましておめでとうございます。

新しい年はどんな年になるだろうかと考えつつ、平成30年を無事迎えることができました。戌年ということで、我が家の生後4ヶ月の飼い犬も年賀状に引っ張り出されました。戌年の特徴としては今まで頑張ってきたことへの収穫の年である一方新しいことへの挑戦の年と云われています。個人的な話で恐縮ですが、年賀状を作成・印刷した後、パソコンに異変を感じました。動作が妙に遅いのです。それでも家内の年賀状の印刷はでき、ここで新年を迎えました。元旦になり、ついにパソコンが起動しなくなり、終焉を迎えました。個人用に使っていたパソコンなのでバックアップはここ数年間はなく、多くの貴重なファイルやアプリケーションが失われました。幸い、仕事や同窓会活動に関係のあるファイルは保存してなかったので、ある意味では安心なのですが、複雑な心境でありました。

失われたファイルの復旧に2日間取り組んで分かったことは、①マザーボードとともにハードディスクが壊れていて個人では復旧できないということと②専門業者に依頼すると復旧可能かもしれないが費用が約4万〜70万円掛かるということであった。そこで対費用を考慮し、古いファイルは諦めて新たに個人用のパソコンを再構築することにし、注文やセットアップにさらに4日掛かり、元旦から7日間松の内はほぼパソコンに費やされた。再構築されたパソコンは流石に色も綺麗で動きも速く、快適なものとなった。失われたものも大きいが、得たものは今後の快適さを与えてくれる予感に満ち溢れていた。まさに戌年にふさわしい幕開けとなった。

復旧作業中にふと考えたことは、パソコンのお世話になって何年位になるだろうかということである。初めての論文は学位論文で修士は手書き、博士は日本語は手書きで英語はタイプライター。当時IBMの電子タイプライターなるものが修正できるということで人気があった。初めて、電動式で編集可能なタイプライターを扱ったのが留学中のラボで幅2m奥行き1mくらいはあった。1983年であったと思う。これでボスとともに英文の総説を複数書くことができた。これがワープロのはしりで、ページの初めから打ち直しをしなくて済むということでえらく感動した記憶がある。研究室では結構早くパソコンを導入したが、家庭に持ち込んだのは1988年ごろで丁度30年前ということになる。当初は高価ということもあり、パソコンにかなり気を使っていた。容量も小さく扱うデータも現在ほど多くなかったので、バックアップも楽であった。近年は、機器の性能も飛躍的に向上するとともに故障もほぼなくなり、自動バックアップシステムも充実していたため、すっかり油断していた。再構築の過程で仕事用・家庭用のそれぞれのパソコンにバックアップ専用のハードディスクを備えたのはいうまでもない。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことがないようにしたいとの思いからである。新年早々の教訓は「備えあれば憂いなし」で、新たな挑戦には必須の備えであることを痛切に感じさせてくれた。

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