「古希を迎えて思うこと」

2010/03/01会員より

藤本 美智子 【D11B 昭和38年卒】

昭和38年昭薬大を卒業して、メーカーの研究室、病院、薬局と勤務してきて、古希まで仕事を続けるようになるとは思ってもみませんでしたが、会報を拝見していると、私より年輩の方でもまだお仕事をされていることを知り、励みになりました。しかし、古希というのはやはり人生の一つの区切りだと思い、かねてから書き続けていた小説「シルダリヤ川に流した赤い糸」(幻冬舎ルネッサンス)をこのたび出版しました。

これは十年前日本語教師としてウズベキスタンの大学に赴任した、私の経験をバックにした純愛小説です。エッセイではなく全くのフィクションなのですが、日本語教師やウズベキスタンのことをほとんど知らない薬剤師仲間からは「なぜ薬剤師が日本語教師をしたり、小説を書いたりするのか」と、かなり変わり者扱いされています。

薬局に閉じこもり、ひたすら調剤に明け暮れている日々の中で、何か全く異なる外の世界と関わりたいと思い、それがはからずも私の場合は日本語教師という職業でした。もともと語学や文学が好きだった文系の私に合った仕事でしたが、夫と二人で立ち上げた薬局の仕事はおろそかにできず、有能な薬剤師スタッフに恵まれたこともあり、この年齢まで二足の草鞋を履くことができました。

私が携わっている薬局は内科がメインなので、年配の患者さんが多く、もう何人もお亡くなりになりました。顔なじみになった方たちの訃報を聞くのは、本当に寂しい限りです。一方日本語を学習している外国人の方たちは、私の子供よりも若い人がほとんどなので、学習意欲も高く「あいうえお」も満足に書けなかった人たちが巣立って成長していくのを見ていると、本当に活力が湧いてきます。

こうして私は二足の草鞋を履き続けたのだと思いますが、そろそろ身の回りをスリムにして、老いへの階段を上っていこうかなと思い始めている今日この頃です。

ページのトップへ戻る